LOGIN第35話 嵐山城・近江八幡城・二条城・禁裏城
織田信忠から持ち掛けられた領地替えを龍之介が断ったことで、嵐山と近江八幡の二つの飛び地は、否応なく全国の大名から注目を集めるようになった。
信忠は、離れた領地を一つにまとめたほうが統治しやすいという理由を挙げて、嵐山と近江八幡を下野と交換するよう求めた。しかし、龍之介が二つの領地を大切にしていたのは、単に思い出深い土地だったからだけではない。
嵐山城と近江八幡城は、京の都と安土を守ると同時に、織田宗家の動きを見張るための重要な城でもあった。
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山城国にある嵐山城は、烏ヶ岳の地形を利用して築かれた山城である。
龍之介が転生したばかりの頃、そこにあったのは、閻魔ちゃんから与えられた一風変わった屋敷だった。瓦葺きの二階建てで、屋根には金色の鯱が載せられ、公家の住まいというより小さな天守のような外観をしていた。
しかし、龍之介が左大臣となり、領地と家臣が増えるにつれて、屋敷は幾度も増築と改修を重ねた。
<第41話 信忠の野望 織田信長の葬儀が本能寺で厳かに執り行われ、参列した者たちが京を離れ始めた頃、征夷大将軍織田信忠は早くも動き始めていた。 信長を葬るまでは互いに兵を動かさないという約束を、信忠も龍之介も守った。 しかし、その約束は葬儀の後まで続くものではない。 二条城へ戻った信忠は、父の位牌を前にしばらく黙って座っていた。喪服を脱ぐこともなく、憔悴した顔で香炉から昇る煙を見つめている。 その傍らには、嫡男秀信の後見役を務める前田利家をはじめ、織田宗家の重臣たちが控えていた。「父上が御健在であったからこそ、関白殿は織田宗家への協力者という立場を守っていた。しかし、これからも同じとは限らぬ」 信忠は静かに口を開いた。「関白殿は嵐山と近江八幡に五万もの足軽を抱え、伊達、最上とも婚姻を重ねている。禁裏の守衛を一手に握り、公家や民からの信望も厚い。余が動かなければ、織田宗家はいずれ関白殿の下へ置かれることになろう」 利家は険しい表情で信忠を見た。「されど、関白殿は本能寺で信長公を救い、天下統一にも大きく貢献なされた御方にございます。先日の葬儀でも、今後は織田宗家の治世へ協力すると明言されました。謀叛の確かな証しもなく兵を向ければ、幕府の側が争いを起こしたと受け取られかねませぬ」「その言葉を信じ、何もせずに待てと申すか?」「少なくとも、関白殿と改めて話し合うべきかと存じます」「話し合いならば、これまでにも重ねてきた。領地替えを求めても断られ、一国一城令も阻まれた。関白殿は余を征夷大将軍として認めると口では申しても、肝心なところでは一度も従っておらぬ」 信忠は秀信の顔を思い浮かべていた。 龍之介の嫡男八幡には、帝と信長、双方の血が流れている。万一、織田宗家へ何かが起きれば、八幡を後継者に推す者が現れても不思議ではない。 信忠にとって、龍之介の存在を放置することは、自分だけでなく秀信の将来まで危険にさらすことだった。「関白殿が天下を望んでいるかどうかは、もはや問題ではない。本人に野心がなくとも、周囲の者が
第40話 1595年、信長の最期 その日は、あまりにも突然訪れた。 1595年正月元日、京の二条城には、織田信忠へ新年の挨拶をするため、全国各地から諸大名が集まっていた。 広間には色鮮やかな装束や裃を身に着けた者たちが居並び、祝いの膳と酒が次々に運び込まれている。庭では新年を祝う音曲が奏でられ、城内の至るところで華やかな笑い声が上がっていた。 肥前名護屋城で隠居に近い生活を送っていた織田信長も、この日のために上洛していた。 正一位太政大臣となり、政治の表舞台からは一歩退いていたが、天下を統一した信長の存在感は衰えていない。信長が広間へ姿を現しただけで、諸大名は一斉に平伏した。「皆の者、面を上げよ。いつまで畏まっておる。今日は新しい年を祝う宴じゃ。戦場にいるわけではないのだから、酒くらい気楽に飲め」 信長が上機嫌に笑うと、張り詰めていた広間の空気がわずかに和らいだ。「父上、名護屋からの長旅でお疲れのはずです。あまり酒を召し上がられぬようになさってください」 信忠が案じると、信長は手にしていた盃を掲げた。「新年早々、酒まで止めるか。龍之介殿からは塩を減らせと言われ、そなたからは酒を控えよと言われる。太政大臣ともなれば、好きなものを自由に口へ運ぶことさえ許されぬらしい」「父上の御体を案じて申し上げているのです」「分かっておる。今日は祝い酒を少し飲むだけじゃ。それで文句はあるまい」 信長はそう答え、盃の酒を飲み干した。 龍之介も信長の顔色を気に掛けていた。 名護屋城で会った時よりも顔が赤く、時折、眉間へ皺を寄せている。頭痛をこらえているようにも見えたが、久しぶりに重臣や諸大名と顔を合わせた信長は、それを悟らせまいとしていた。「義父様、御気分が優れぬのであれば、早めにお休みになったほうがよろしいのではございませんか?」「そなたまで信忠と同じことを申すか。この信長を年寄り扱いするには、まだ早いわ」「年齢のことではなく、御顔の色が気になっただけにございます」「大勢を前にして気
第39話 時代の変わり目 時代が変わる時、必ずしも大きな戦や政変が起きるとは限らない。 これまで国を支えてきた者が表舞台から退き、次の世代へ役目を譲る。空の色や風の冷たさが少しずつ変わり、昨日まで当たり前だった暮らしが、気づかぬうちに通用しなくなっていく。 日本は今、まさにそのような時代の変わり目を迎えていた。 ◇ 龍之介の実父である帝が皇位を譲り、上皇となった。 新たに即位したのは、龍之介と同じく上皇の血を引く兄弟である。龍之介に皇位継承権はなかったため、即位を巡る争いが起きることはなく、儀式は滞りなく執り行われた。 譲位後、上皇が院政を始めるのではないかと考えた公家は多かった。 皇位を譲った後も上皇が政務へ関与し、新帝とは別の権力を持てば、朝廷の中に二つの中心が生まれる。長く続いた朝廷の歴史を振り返れば、それが大きな争いの原因となった例は一度や二度ではない。 しかし、上皇は院政を行わないと明言した。 御所の奥にある静かな部屋で、上皇は新帝と龍之介を前にして、穏やかに語った。「朕が皇位を退いた後まで政へ口を出せば、公家たちは新帝と朕のどちらへ従うべきか迷うであろう。そこへ征夷大将軍と関白の対立まで重なれば、せっかく収まった天下が再び乱れかねぬ」 新帝が、心配そうに上皇へ尋ねた。「されど、私には帝としての経験がございませぬ。父上が政から完全に離れられては、朝廷を正しく導けるか不安にございます」「分からぬことがあれば、父として相談に乗ろう。だが、上皇の命として政を動かすつもりはない。これから朝廷を率いるのは、そなたである」 続いて上皇は、龍之介へ視線を向けた。「龍之介、そなたは関白として帝を支えよ。ただし、兄弟であることを理由に帝を軽んじてはならぬ。そなたには武力も領地も人望もある。それゆえ、誰よりも慎みが必要となる」「心得ております。私は帝の位を望んだことも、朝廷を己の思うままに動かそうと考えたこともございません。関白として、新帝をお支えいたします」「二人が力
龍之介は伊達領と最上領の農政、築城、港湾整備に惜しみなく知恵を貸し、さらに朝廷や公家との橋渡しまで引き受けていた。そのため、政宗や義光をはじめとする同盟者たちは、領国運営に関する龍之介の進言を素直に聞き入れることが多くなっていた。 龍之介は二人を家臣として扱ったことはなく、最終的な判断はそれぞれの当主に任せている。しかし、外から見れば、奥州探題と羽州探題が関白の言葉に従って動いているように映る。 信忠も、その危うさに気づいていた。「関白殿が一言申せば、伊達も最上も城を築き、港を整え、公家の子弟まで迎え入れる。これでは、奥羽の両探題が幕府より関白殿の意向を重んじているようではないか」 二条城で報告を受けた信忠は、不快感を隠さずに言った。「されど、表向きは領国の発展を目的とした助言にございます。幕府へ逆らうよう命じた証しは、今のところ見つかっておりませぬ」「だから始末が悪いのだ。兵を挙げよと命じたのであれば、謀叛の証しとして討つこともできる。しかし、関白殿は農地を広げ、港を造り、寺社を整えているだけだ。その結果として諸大名と公家の信望を集め、気づけば巨大な勢力を築いておる」 信忠は東国の地図へ目を落とした。 茨城国を中心に、伊達領と最上領が連なっている。さらに龍之介は関白として朝廷から厚い信任を受け、嵐山城と近江八幡城という二つの拠点を畿内に持っていた。「父上が御健在のうちは、関白殿も表立って動くまい。だが、その後は分からぬ。このままでは織田宗家そのものが、関白殿の威光に呑み込まれかねん」 信忠は、龍之介の存在を単なる政敵ではなく、織田宗家の将来を脅かす危機として捉え始めていた。 ◇ 一方の龍之介は、この時点においても信忠と戦うことを望んでいなかった。 陰陽道によって争う未来を見たとはいえ、それが必ず起こるとは限らない。信忠が軍を差し向けてこないのであれば、龍之介から戦を仕掛けるつもりはなかった。 しかし、妻子や領民の命を守る立場にある以上、何の備えもせずに信忠の善意だけを信じるわけにもいかない。 龍之介は嵐
第37話 二大勢力 天下は安土幕府の下で統一されていたものの、その内側では二つの大きな勢力が形を取り始めていた。 一方は、征夷大将軍織田信忠を中心とする織田宗家と、その家臣や同盟大名たち。 もう一方は、従一位関白兼関東管領である三上龍之介正圀と、密かに同盟を結んだ伊達家、最上家を中心とする勢力である。 もちろん、両者が公然と敵対しているわけではない。 正一位太政大臣織田信長が健在である以上、信忠も龍之介も、互いに刃を向けるつもりはなかった。しかし、領地替えの拒否、一国一城令を巡る対立、嵐山城や二条城の相次ぐ大改修によって、両者の間に亀裂が生じていることは、もはや誰の目にも明らかだった。 そして、その変化を誰よりも早く察していた大名の一人が、奥州探題伊達政宗だった。 ◇ 1592年当時、伊達政宗はまだ二十五歳の若者であった。 若くして伊達家の家督を継ぎ、奥州探題にまで上り詰めた政宗の胸には、今なお大きな野望が燃えている。 本来であれば奥州の諸大名を次々と従え、いずれは自らの力で天下へ名乗りを上げたいと考えても不思議ではない人物だった。 しかし、政宗が力を伸ばし始めた頃には、すでに天下の大勢は織田家へ傾いていた。 伊達家は父・輝宗の代から織田信長へたびたび贈り物を送り、早い時期から誼を通じていた。そのため、信長が安土幕府を開いた際には、政宗へ奥州探題の役職が与えられたのである。 幕府から奥州の取りまとめを任されたことで、伊達家は周辺の小大名を配下へ加え、領地を大きく広げることができた。 この世界では、史実で起きた阿武隈川の悲劇も起きていない。 父の伊達輝宗は健在だったが、すでに政宗へ家督を譲り、政治にはほとんど口を出さず、領内で悠々自適の隠居生活を楽しんでいた。「父上は、まことに何も仰せにならぬ。時には助言の一つくらいあってもよいと思うのだがな」 政宗が苦笑すると、腹心の片倉小十郎は穏やかに答えた。「輝宗様は、殿を信じてすべてを任せておられるのでございましょう。御
第36話 一国一城令に反対 征夷大将軍となった織田信忠は、安土幕府の支配をより強固なものとするため、新たな法令を出そうとしていた。 一国一城令である。 一つの国に残す城を原則として一城に限り、それ以外の城は破却させる。各地の大名が多数の城を持つことを禁じれば、幕府に対する謀叛を起こしにくくなるうえ、城を維持するために領民へ課される負担も減らせるというのが、信忠の考えだった。 そこで信忠は二条城へ有力大名や幕府の重臣を集め、一国一城令について評定を開いた。「天下はすでに平定された。これより先、それぞれの国に多くの城を残しておく必要はあるまい。城が多ければ、それだけ兵と武器が置かれ、謀叛を企てる者に利用される恐れがある。不要な城を破却し、一国に一つの城だけを残すことが、長く泰平を保つために必要だと考えておる」 上座に座った信忠が堂々と告げると、列席した大名や重臣たちは互いの顔を見合わせた。 城の維持には莫大な費用が必要となる。戦のない世に数多くの城を抱えていても、領主や領民の負担となるだけだという信忠の意見には、一定の道理があった。 しかし、城は大名が領地を治めるための拠点であると同時に、その土地を守ってきた歴史そのものでもある。先祖代々の城を破却せよと命じられて、素直に従える者ばかりではなかった。 それでも、征夷大将軍となった信忠を正面から批判できる者はいない。 広間に重い沈黙が流れる中、一人だけ静かに口を開いた者がいた。「それがしは、一国一城令には反対にございます」 発言したのは、従一位関白兼禁裏御守衛総督兼関東管領、藤原朝臣三上龍之介正圀だった。 列席者たちの視線が、一斉に龍之介へ集まった。 信忠は表情を変えなかったが、膝の上に置いた手へわずかに力を込めた。「関白殿は、天下の安寧を守るために城を減らすことが、なぜ不都合だと申されるのですか」「城は戦のためだけにあるものではございません。領地を治めるための政庁であり、兵糧や物資を蓄える蔵であり、洪水や津波、火事などが起きた際には領民を避難させる場所にもなります